金剛三昧院

金剛三昧院(こんごうさんまいいん)は、和歌山県伊都郡高野町高野山にある仏教寺院・宿坊。高野山真言宗別格本山。本尊は愛染明王。仏塔古寺十八尊第11番霊場。西国愛染十七霊場第17番霊場。

ユネスコ世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成要素。

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多宝塔(国宝)・・・貞応2年(1223年)建立、檜皮葺、高さ14.9m(石山寺塔に次ぎ日本で2番目に古い多宝塔)
北条政子が禅定如実として入道し、建立奉行を安達景盛が務め、源頼朝と源実朝の菩提を弔うための多宝塔(国宝)を建立した。

善福院

和歌山県海南市にある仏教寺院。天台宗、山号は宝遊山。
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安土桃山時代は加茂氏の菩提寺として栄え七堂伽藍を有していたが、釈迦堂が現存するのみである。
釈迦堂は、功山寺仏殿とともに鎌倉時代の禅宗様建築を代表するもので、国宝の指定を受けている。  
1327年築。桁行三間、梁間三間、一重裳階付、寄棟造、総本瓦葺。

建物内部の隅45度に燧梁(ひうちばり、火打梁)という特殊な梁が架けられている。これは瀬戸内海地方の禅宗様にみられるものであり、他の燧梁の例として安国寺釈迦堂(広島県福山市鞆町)、松生院本堂(和歌山県和歌山市、1945年戦災により戦失)がある。

和歌山県立近代美術館

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バブル期にたてられた予算で建設された黒川紀章による意匠を凝らした大型施設で、デッキで連結する和歌山県立博物館とともに公共建築百選に選ばれている。
所蔵品数は9000点近くに及ぶ。保田龍門、川口軌外、川端龍子、浜口陽三ら郷土作家の紹介を中心としているが、充実した近現代コレクションの中でも佐伯祐三の油彩13点は特に名高い。
また、近現代の版画コレクションも充実している。

湯浅

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湯浅(ゆあさ)は和歌山県有田郡湯浅町の市街地の名称。
醤油発祥の地である湯浅町市街地の北町、濱町、中町、鍛冶町、道町、
大宮通は、「湯浅町湯浅」の名称、
「醸造町」の種別で国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

この東西約400m、南北約280mの区域には醤油・味噌醸造業関係の町家や蔵など現役の古建築が多く残る。醤油味噌の醸造が昔ながらの手作りの製法で続けられているため近代的な工場は湯浅に存在せず、また商業的に観光地化されていないため、町全体が前時代の雰囲気を色濃く残している。

確かにこの雰囲気は観光客がいっぱい来るところでは醸しだせないですね。
これからもこの雰囲気を守っていって欲しいですね。

でも和歌山に行ったら絶対ここに行きたい。ってか歩きたい。

熊野本宮大社

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崇神天皇六十五年に熊野連〔くまののむらじ・又くまののあたえ〕大斎原(旧社)において、大きな櫟(いちい)の木に三体の月が降りてきたのを不思議に思い「天高くにあるはずの月がどうしてこの様な低いところに降りてこられたのですか」と尋ねましたところその真ん中にある月が答えて曰く、
「我は證誠大権現(家都美御子大神=素戔嗚大神)であり両側の月は両所権現(熊野夫須美大神・速玉之男大神)である。社殿を創って齋き祀れ」
との神勅がくだされ、社殿が造営されたのが始まりとする降臨神話となっております。当地は神話の御代より熊野の国となっており、大化の改新(西暦六四五年)まで続きました。連(むらじ)とは大和朝廷時代に、主として神別(しんべつ)の諸氏が称した姓(かばね)で、臣(おみ)と並ぶ有力豪族が多い。神別諸氏とは天神地祇の子孫と称する氏のこと。

歴代の法皇や上皇たちが熊野詣をしたのはこの地で神のご神託を聞くためでもあった。熊野速玉大社、熊野那智大社とこの大社をめぐってはじめて、熊野詣の成就となる。